空中楼閣1号2号。3・4号あれが和大ですよ椿井文書

もちろんハイソのスッチーには関心があったが
(雑誌本郷の創刊号にもそのネタ書いてる、
論文集未収なので我が亡き後は巻頭に編んで)
森川さんが日航スッチーに受からなければ
ここまで日航社宅には入れ込まなかっただろう。
(此松現地調査団組織とか 2011年正月)。
月に一回の特食ナシゴレンとあったので
勇んで登校して行ってみたのだが。パフパフも
炒めご飯もなかった。唐揚げの味付けの由。
いかんなあ、いよいよか、旧日航社員食堂。
白米食べ放題が自慢?の食堂だから、混ぜご飯
系は日航破綻後の15年見たこと無い。など
といいつつ本日(ナシゴレン翌日)も顔出した。が
お昼のテレビも節電されてた(カンテレや読売
NHKなど害悪チャンネルにしてないのに感心
していたのに!)
ちょうど星取表もあとひとつになってるので、
このあたりが去り時か。去留の自由

段丘の突端を抑える、城郭史でいう本郭部。
活断層線上です。覚悟してます(私は)。
右手の下の平等院様は無関係。コロナに耐えたラブホ。

1号棟。元日航女子寮。山村がゴミ屋敷にした方。
食堂は家族寮2号棟の一階に。往時は二階御殿ビル
とされ3号4号もできるはずで敷地がカクホされてた。
いまは夏休みの子どもたちが昆虫採集にきていた。
大学に来るお客さんは皆、ここを和大の本部棟と
勘違いしてくれる。なんて立派な大学だ、さすが
ホテル経営の観光学部!と。が、下で「考える人」像見て
「コレハナンデスカ~」、あなたたち何?と仰天する。
海津ゼミに来れば、7人の聖歌隊がお迎えする。
正員モエとウグイス嬢とアカペラぺらとマンドリン×2人とセンコウ花火客員

これFB投稿用の準備ペーパーです。ここのところ
毎日更新しててこの人どうなってるのだろう、
と思われてるに違いないので少し間を取ろう。