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南部が戦場になっていた 都鄙内乱説

会員やめたはずが連絡忘れか送られてきて
しまった新しい歴史学のために最新号302
高橋昌明本の論評会特集。
一応全部目を通したが内乱をどう著述するか
という政治史の問題。正直あまり関心ない。
ただ、内乱の全国化の要因として御願寺等
中央財源の田舎重圧が肝になっており、
しかも論証の一つの肝が南部荘だ。
五辻斎院小SHOW子内親王かあ…20年前必死に調べてたなア。
蓮華乗院寄進問題。なんか前田英之氏も
「海津が言った」と反昌明の論拠に使われていて
(正直全く覚えてないし問題そこだと思ってない。
請所なのにこんなに百姓等強いんだーばかり)
白馬社のきのくに歴史探見に、湛増は200石を
賄賂に積んで下司を奪った、だからその分だけ
色代なのだ、というように在地主導で書いた筈。

というわけで、私はどうしてもここが肝✖肝なの
理解できない。南部が注目されるのは大いに結構
だから余計なことは一切言うつもりないけど。

坂本亮太の言った地頭(守護)三浦氏が権門で
検注を行使したーという説は(だれも支持してないが)
やはり魅力的だ。かといってそれが南部の在地組織に
なんら+-の影響はない、というのが私の肝だが。





もう少し考えてから書くべき重要時なのだが
もう残ってる時間が少ないのでケリツケて。
私の名前出されたので。
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