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「誰もがやろうとした…誰もヤレなかった」異形塔

有田川町には第2の一行リードとしてこれを
プレゼントしよう。およそ、リアルな感性の
学者なら、明恵敬愛宗教者も含め、あの
設計図をみたら作りたくなるはず。巨大塔婆。
だが、笠塔婆の様式は?、祖型を何処に
もとめるか? 材質と調達と石造搭との位置関係?
だいたい誰が何処にたてさせてくれるのか????
と考えて悩むうちに沙汰闇になるのだろう。
和大はkiiplus基金と研究者ネットワーク、地域連携
でこのすべてをクリアした。
 
 第3リードは、明恵がいざなった涅槃の境地ーー
巨大な一丈塔によって涅槃会の見立て、つまり
「インドへの道」が紐つけられた。
この1丈塔を作らないと教団の独自性、インド
見立てが完成しない。

 さて、明恵が糸野で涅槃会を開催したのはいつ?
高橋修氏は(石崎屋敷1204涅槃会を重視する立場で)
その数年前とする。喜海の行状類によると、
1201 2月糸野宗光屋敷では病床で華厳唯心義執筆専念中
1202
1203 2/15京都にて涅槃会 覚厳の布施
1204 2/15湯浅町場の石崎宗景屋敷にて涅槃会挙行
 1202の可能性が高いが喜海マジックかもしれない。
涅槃会やってしまいインド行きたくなったー物語

2/15は大切だったか…バレンタインデーの
収穫業務(成果確認)などしてる場合ではなかったカア
昔は、「これ、ワイロというか、海津ゼミに入れて欲しくて」
などという女子いたなア(B課程) よかったなあ不適切時代
もとい一応、喜海マジックに載ったとして
糸野の涅槃会を1202年2月15日と断定すると。
これは西暦では今年なら「3月23日」となる。良い季節だ
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